ごきげんよう。
前回、今度は『著作権』だよって予告したくせに、
延長します。
ごめんなさい。
さて、10月10日は言わずと知れた目の日ですが、
言語・文学研究センター主催の
「中原中也と日本の詩」が開催される日です。
10月10日4限ですよ!みなさん!
図書館1Fグループ閲覧室に集まれっ!
言語・文学研究センター略して、言文研が
中原中也さんを取り上げるということなので
せっかくだから、図書館ブログでも中原中也さんを取り上げてみようという試みです。
しかしながら、Arimoは近代というカテゴリーに非常に偏見があり、
近代の文学者は
ちょっと変わり者
と思っているので、多少偏った解釈が目立つと思いますが、そのあたりは
察してください
すみません。
えーと、まずは生い立ちとかですかね~。
イケメン
中原中也こと中やん(NAKAYAN)は山口県の医師の子として6人兄弟の長男として生まれました。
写真の通り、イケメンですが、残念ながらジ〇ニーズ系だったようで、
身長が1hyde※ほど。
あまり女性にもてなかったようです。
※hyde ・・・言わずと知れたラル〇のヴォーカルです。あとはお察しください。
幼いころから神童とよばれたようですが、中三で、文学と女にのめりこみ成績ガタ落ち、
山口中学を落第するという不名誉を受けたようです。
16歳でどーせいらしい。わお
しかしながら、医師の親御様の財力のおかげか立命館中学へ転校する・・・
も退学。
女を連れ、早稲田大学予科を目指す・・・・も
もちろん果たせず。
自分の努力は棚にあげ
「こんな思ひをするのなら 花や草に生まれたかつた」
と思ったかどうかは知らないが、
近代の文学者が罹りやすい中二病患者ではなかろうかとArimoは診断します。
しかしながら、最終学歴は東京外国語学校卒です。でかした。
ここで、なかやんをもっともっと知ってもらいたいので、
檀君(檀一雄)より有名エピソードを掲載しましょう。
氏名:檀一雄
スペック:娘が檀ふみ
人となり:「火宅の人」を読んで下さい
以下檀君の証言(引用元は檀一雄 『小説 太宰治』 Arimo超訳 )
あれは、すっごい寒い日だったね。
中ちゃん(中原中也)と心ちゃん(草野心平)※が、俺の家にきてたまたま居た治(太宰治)と
「おかめ」にでかけたんんだ~。もちろん治ちゃんは中ちゃんのことをわりと
尊敬してたから嬉しそうに会話してたんだけど、
ほら、なかちゃんって酒乱だろ? だんだん治ちゃんにからんじゃって。
治ちゃんは治ちゃんで、ほら酔うほどに、例のおねぇ言葉が発動しちゃってさ。
中ちゃんイライラマックスになっちまって
「何だ、おめえは青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。
全体、おめえは何の花が好きだい?」って言いだしたんだよね。
ほらこれが超有名エピソードになったあれよ。
「ええ、何だいおめえの好きな花は」ってもう一回、中ちゃんが凄んだら。
治ちゃんは「モ・モ・ノ・ハ・ナ」って言っただよね。
そしたら、「チェッ だからおめえは」って中ちゃん言っちゃってさー
もう、まいっちゃうよ~
以下省略。
※草野心平
カエルをこよなく愛し、
自身の詩をカエルに捧げたが、
カエルは好きではないと
のたまうツンデレ代表
おさむーとなかやんが犬猿の仲であったことは有名ですが・・・
この有名エピソード何回読んでも、Arimoわけわからんですよ。
モモノハナのどこが悪いんだかおしえてくれよ。
つーか、
青鯖が空に浮かんだような顔
ってどんな顔ですか。
鯖に謝ってください。
大方、近代は「デカダン」とか「ダダ」とかとにかく破天荒というか、
既存の思想をぶっ壊せ的な感じが流行だったんで、
要は「俺こんな破天荒な喧嘩しちゃった!」的な
「破天荒自慢」の延長にすぎないとArimoは捉えてます。
要は、平成〇ブシコブシと思えば、ほぼ間違いないと思います。
それで、証言者の檀くんは どうやら「治VS中ちゃん」の話が世間に受けたのか、
その後も度々、書いてます。
ついでに、おいたが過ぎるので、
なかやんを投げ飛ばしたら、
「おめえはつええよ」といわれたのが、
相当うれしかったのか、
檀くん、やっぱりこのエピソードもお気に入りにブックマークしています。
ちょっとしつこい。
さて、そんな破天荒ぶってるぼんぼんなかやんですが、
同棲していた長谷川泰子こと泰子をマブダチ小林秀雄ことコバリンにかすめ取られたあげく、
ちょっと○○が緩い・・・失礼
流されやすい泰子さんは、
その後山川幸代さんのお子さんを妊娠されます。
「私は思っていたものだった 恋愛詩なぞ愚劣なものだと
けれどもいまでは恋愛を ゆめみるほかに能がない」
と中二病をこじらせ、もはやメンヘラの域に達していたなかやんは、
その後も泰子を想って詩を書いてたよーです。
その頃のことが『山羊の歌』にガンガン載ってます。
さて、この泰子さん、3人の男を手玉にとって、さもや美女だったのでしょうね。
職業も女優さんだったようです。
文学者ぶって
野菜スープという
平安系なんですね。
す・・・すみません お察しください
さて、マブダチに恋人を取られて、
「汚れちまった悲しみに~」
とか言って泣いてるかと思いきや、
なかやんも早々に婚活して嫁ゲットします。
長男もゲットしますが、残念ながらすぐになくなってしまいます。
なかやんは子供を亡くしたショックでさらに精神が不安定になっていったようです。
この頃の子供に対する思いは、「在りし日の歌」に沢山掲載されています。
もう大分、神経も衰弱されていた時で、内容はその・・・あれです。
すみません・・・お察しください。
そして、なかやんは30歳の若さで亡くなりました。
結核性脳膜炎が直接の原因のようです。
以下はArimo的なかやん☆エピソードの感想です。
☆なかやん身長伝説とフォトショ疑惑
1hydeのため、結婚写真では新婦を座らせて自分は立って映ったよう
です。このようなことから写真には並々ならない想いがあったように感じます。
他の写真もやたらにカメラ目線だし、映りの良い角度を決めて映しているようにも見え
ます。
イケメン写真もフォトショ疑惑ありですな。なんてな。
☆デカダンと喧嘩・・・しかし、またもや身長伝説につながる
坂口安吾こと『ハクチー安吾』先生に自分のお気にいりの女給が
惚れていたという理由から、「へげもにー」と叫び、
襲いかかったようです。
以下緊迫の模様が、ハクチー安吾先生著「酒のあとさき」に書かれています。
中原中也は、十七の娘が好きであつたが、娘の方は私が好きであつたから中也はかねて恨みを結んでゐて、ある晩のこと、彼は隣席の私に向つて、やいヘゲモニー、と叫んで立上つて、突然殴りかゝつたけれども、四尺七寸ぐらゐの小男で私が大男だから怖れて近づかず、一メートルぐらゐ離れたところで盛にフットワークよろしく左右のストレートをくりだし、時にスウ※[#小書き片仮名ヰ、143-12]ン グやアッパーカットを閃かしてゐる。私が大笑ひしたのは申すまでもない。五分ぐらゐ一人で格闘して中也は狐につまゝれたやうに椅子に腰かける。
要は、手が届かなくて殴れなかったようです。・・・やはり短い。
すみません。お察しください。
こんなわけで、
破天荒ななかやんにちょっと引いちゃったあなたに送ります。
嫌よ嫌よも好きのうち
ほらほら、気になってきちゃったでしょう?
『中原中也と日本の詩』に参加しちゃいましょう。
では、本日は撤収~
0 件のコメント:
コメントを投稿